2010年12月の記事
ブログ納め 2010
2010年最後のブログです。
昨夜、2010年最後にしてようやく1年間空白だった「思い出の1ページ」を埋めることができました。
それは・・・・・、
諸塚村中央公民館で行われた役場職員の忘年会。
この忘年会では、役場の各課ごとに余興の出し物を披露するのですが、御覧のとおりどこの課もテンショ
ンアゲアゲ!
しかしながら、昨年は自分の余興でテンションを早く上げすぎ撃沈してしまったため、他の課の出し物を一
切見ていなかったんです。。。
だから今年は、ミスターポポ(アニメのキャラ)のように瞬き1つせずに目に焼き付けておきました。
私が所属する産業課は4番滑走。
今年は私が脚本を書かせてもらいました。
一発勝負だったので、「最終シリーズ」ばりの気合いで久々に熱を入れて書き上げました。
↑ ブルーのドレスを身にまとい諸塚歴代最高得点をたたき出したM子さんほか、産業課職員全員がオー
ル出演!
本当に思い出に残る楽しい忘年会となりました。
諸塚村の役場関係職員は約70人。
私にとっては一番身近にいる「村民」で、諸塚村に関する情報や体験の多くは役場職員の方から教え
て いただきました。
普段は役場で仕事をしていても、地域に帰ったらそこの地域活動を盛り上げている方達ですので。
だから、役場職員の忘年会と言っても、よそから来た私からすれば地域の飲み会に出ているような感覚
なんですよね。
この「特産人」の皆さん達と、末永くつき合っていけたらいいなとしみじみ思います。
さて。
今年もこの諸塚ブログをご愛読いただき、本当にありがとうございました。
多くの方から激励をいただき、諸塚村で仕事をする上での活力になりました。
来年も、諸塚村のために少しでもお役に立てるよう、微力ながら自分ができる事を精一杯取り組んでいき
たいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
それでは、よいお年をお迎えください!
今年はここまでに致しとうございまする。
公民館の総本山
諸塚村内16公民館の総本山的存在と言いますと・・・・「諸塚村中央公民館」。
通称「中公(ちゅうこう)」の愛称で村民の方から幅広く利用されています。
(↑ 左側の建物が中央公民館、右側は観光の拠点・「しいたけの館」)
中央公民館は、座席にして200人近く、座席なしであればもっと多くの人が収容可能なホールを有してい
るほか、図書館、会議室、調理室、和室等の各種機能も備わっているんです。
全16公民館の館長が集まる毎月の館長会もここで行われています。
特に、中公のホールについては、11月の諸塚駄賃付け唄全国大会、
1月に開催されたいきいき集落研修交流会の舞台になったほか、なんと玉入れ大会(屋内)も実施さ
れたこともある多機能ホールなのです。
そして、極めつけの用途が、結婚式場!
以前は、村内で結婚される方の多くがこの中央公民館を披露宴会場にしていたそうで、昔の「村報もろつ
か」には当時の披露宴の様子が掲載されています。
「寺原君も、中央公民館で披露宴をやったら?」・・・・・・よくそんなお声をかけていただきます。
質素な結婚式がモットーの私からすれば「それも有りかも!」って感じで、前向きに検討を・・・と言いたい
ところですが、その前にやらないといけない問題が山積みですね。。
さて、本日27日は、この中央公民館を会場として役場職員全員の大忘年会が予定されております。
残念ながら、諸事情により昨年の記憶があまりないのですが、2010年の締め括りになりますのでサン
ショウウオのようにひっそりと、そして静かな闘志(!?)を燃やしながら、中公での宴を楽しんできたいと
思います。
明日のブログの更新は今宵次第といったところですね。
いざ~!
諸塚の車窓から Scene6
2010年最後にお送りする車窓シリーズは、レベルアップを開始した諸塚公民館。
椎葉村方面と村内家代(えしろ)・立岩方面との分岐点、そして、諸塚村役場への入口となるこの諸塚公
民館中心部付近(国道327号沿い)は、諸塚村のもう一つの「玄関口」。
私が初めて一人で諸塚入りした時は、役場への入口がわからず椎葉村方面に若干進んでしまうという失
敗もありましたが、今では「諸塚に着いた~!」とほっとするポイントとなりました。
さて、嵩上げ事業の本格的な開始により、写真の手前に写っている"諸塚村"の文字が描かれた建物・
「もろっこはうす」(特産品販売所等)も間もなく仮移転が始まります。
私が赴任の時に熊本県の「杖立温泉」に似ていると感じたこの光景。
いつかこの「諸塚の車窓から Scene6」に写った光景がとても懐かしく感じる日が来るのではないでしょ
うか。
くどいようですが、どんな形でこの諸塚の中心部が変わるのか本当に楽しみですね。
ちなみに、この国道327号沿いに位置する諸塚村中心部。
我々村民にとってはある意味で終着地点ですが、椎葉村・五ヶ瀬町方面に向かう車、あるいは日向市に
向かう車にとっては「中継地点」になるんです。
ここから先しばらくは、ガソリンスタンドもお店もトイレもありません。
そんな位置的な条件を活かし、諸塚の中心部全体が「道の駅」のような感じで、耳川沿いの風光明媚な
スポットとなり、どんどん立ち寄ってもらえれば・・・・・そんなことを考えたこともあります。
しかしながら、中心部の多くは店舗兼家屋。
まずは、安心して今までどおりの生活を確保することが先決ですよね。
何はともあれ、諸塚村のレベルアップが始まります!
レベルアップ開始
諸塚中心部で撮った2枚の写真。
(11月撮影)
↑・↓ この2枚を見比べてみると、大きな違いに気が付かれるのではないでしょうか?
(12月撮影)
写真の右端に写っていた大きな建物がなくなっています。
取り壊された建物は、森林組合や農協、さらにはスーパーまで入っていた「農協会館」。
諸塚中心部の嵩上げ事業(水防災事業)の本格的な開始に伴い、中に入っていた全ての事務所が
村内 各地に仮移転したんです。
嵩上げ事業については、私が諸塚村に赴任した時から計画が進められていましたので、「ついに始まった
か~」という感じですね。
今回の農協会館の仮移転を皮切りに、今後は諸塚中心部にある各商店街も一時的に仮移転し、土地 と
建物のレベルを数メートル上げていくんです。
一時的とは言え、その労力、さらには営業や生活の事を考えるとかなりのエネルギーだと思います。
嵩上げの完了予定は平成25年度。
おそらく、将来諸塚に来た時には、現在目にする景色が大きく様変わりしていることでしょう。
見慣れた光景が変わってしまう事は何だかとっても寂しい気もしますが、同時に、嵩上げ完了後は一体ど
んな「まち」になるのかが楽しみでもありますね。
何よりも二度と水害が起きないような強い諸塚になることが住民の方の切なる願いだと思います。
何はともあれ、諸塚村のレベルアップ開始です!
もういくつ寝ると
年明けの諸塚村消防出初め式(1月6日)に向けた操法訓練も大詰め。
先日、今年最後となる訓練が行われました。
おそらく、ナイター練習もこの日が最後だったでしょうか。
9月に訓練を再開してから、手が凍りつきそうな寒い夜も、雨が降る日も(役場地下駐車場)、忘年会があ
る日もずっと操法の訓練が行われてきました。
消防出初め式では、本部をはじめ村内各部の操作員(各4名)による小型ポンプ操法(発水の部)が行
われ、そして、審査を受けるんです。
本部の操作員の方々も、今年から新たに引き継がれた新チームで、出初め式が実質的なデビューとなり
ます。
訓練では、操法について詳しく記された「教本」に基づき、動作の細部に至るまでチェックし、歴代の操作
員経験者の方々もいろんなアドバイスをされていました。
経験が浅い私が言うのもおこがましいのですが、日を追う毎に操作員の動きが変わっていき、最近では4
人の間に不思議な連帯感が生まれているように感じるんですよね。
諸塚村消防団本部の操作員。
その背負っているプレッシャーは計り知れませんが、これまでの訓練の成果が発揮でき、本当の意味で
のお正月(おそらく出初め式後の3連休)をゆっくりと迎えられることを一団員として願っています。
えっ、人の心配よりも自分の心配をしろ!?
・・・・・・・・・おっしゃるとおりでございます。
消防出初め式では、「発水の部」だけではなく自身も出場する「規律訓練の部」も行われるんです。
私にとって年明け最初の難関。
思えば2010年のスタートも規律訓練からでしたが、正月の到来は出初め式の到来でもありますね。
年明けは、得意の"コンビネーション(野良猫)ガッツ"を次々に繰り出していかなければなりませんが、ま
ずは1回転ジャンプから確実に!・・・・・といったところでしょうか(種目が違う?)
私も、「不動の姿勢」から「まわれ右前に進め」に至るまで、全てのエレメンツをパーフェクトにこなせる
よう基本から見直し、お正月の間に少しは練習しておこうと思います。
2年目団員としての自覚を持って。
せっぱ
10月のそもさん編でなぞかけをした作物の正体はこちらの花でございます(↓)
村内の井戸園芸団地(七ツ山地区)で咲き誇っていたその花の名は、『ラナンキュラス』。
葉がカエルの足型に似ていることから、ラテン語で「カエル」を意味する「ラナ」が名前の由来とする説もあ
るようです。
標高の高い場所を造成して切り開いた諸塚村内の園芸団地では、高冷地の気候を活かした夏秋野菜を
中心に生産し、冬場は「ラナンキュラス」や「スィートピー」等の花きの生産にも取り組んでいます。
ラナンキュラスは、露地植えにすると春に開花する花らしいのですが、ここ諸塚村ではハウス栽培し、ちょ
うどクリスマスシーズンの今頃から徐々に出荷していくそうですよ。
(恥ずかしながら、私は今までラナンキュラスを知りませんでした。。)
これまた気品があって高級感が漂う花で、写真に写っている赤色・白色・桃色の他にも、黄色や橙、紫色
など花の色もたくさんあるんです。
生産現場の井戸団地に赴き、何度も何枚もこのラナンキュラスの写真を撮り自信作ばかりだったのです
が、ブログ用の写真監修の段階で花き担当のM子さんから「これはないない!」とことごとくダメ出し・・・。
↑の写真は、そのM子さんから辛うじてOKが出た1枚なのです。
ちなみに、ラナンキュラスの花言葉は、「晴れやかな魅力」・「魅力ある金持ち」、そして「移り気」・・・・・。
なんて魅力的な花言葉なのでしょうか。
私も来年こそ「晴れやかな魅力」の備わった人間になれるよう、年明けには部屋の中をラナンキュラスで
埋め尽くして性根を入れ直して臨みたいものです・・・・・(けれど買えない。。)
いつか、「諸塚産の花はなかなか手に入らない」というほどの名花が育つことを願っています。
大量生産とまではいかなくてもいいから、"生産者の顔が見える花"として。
諸塚のおいしんぼ -vol.4 続・ソーコ-
前回、単なるメニュー紹介に終わってしまった地域の食堂・『創香(そうこ)』。
今宵は、その全容がいよいよ明らかに!
諸塚村役場から歩いて約5分の場所にあるこのお店は、秋祭りの練習や仕事等で我が家の台所が
稼働停止状態になった時の"駆け込み寺"の1つ。
いつも「チキン南蛮」と「とり天」で散々迷った挙げ句、結局「お任せで!」という展開になってしまうの
ですが、一人暮らしの強い味方ですね。
そんな創香の厨房に立っていたのはこちらの夫婦(↓)
どこかで見覚えのある顔だと思われる方・・・・・・・いつもご愛読ありがとうございます。
昨季の緑のふるさと協力隊・汐崎耕輔さんと樹里さん夫妻。
この夏に結婚式を挙げられたばかりのお二人です。
普段は村外でお仕事をしている汐崎さんですが、ちょうど諸塚村に帰っている時期を見計らって突撃
してまいりました!
2人ともすっかり『新婚さんでいらっしゃ~い』状態。(まぶしすぎるぞ!)
さてさて、話は戻りましてお食事処「創香」。
我々単身者にとっての「食のオアシス」的な面だけではなく、地域の若者と村外から諸塚に来た我々
が交流するアクティブな場所にもなっているんです。
いつしか「アクティ部」と名付けられたその集まりは、定期的にこの「創香」に集まってはメンバーの
誕生会を開いたり忘年会をやったりと、そのノリは、かの有名な"あすなろ会"や"オレンジの会"並み。
今夏にはメンバーによる手作り結婚式をプロデュースするまでになりました。
このように若者同士が交流できる場所はとても貴重な存在で、諸塚村内にある数軒の飲食店にはこ
のような機会を創出する場所としても大事な役割を併せ持っているような気がします。
堅苦しい話は抜きにして、やはり「人が集まれる場所」っていいですよね。
今後は、現在出演交渉中の別のお店も登場しますのでお楽しみに!
↑ 夏の日の2010 アクティ部メンバー(主力を除く!?)の誕生会にて
私が「若者」に入るのかどうかは別として・・・・・・1つの"居場所"をありがとうございました。
諸塚のおいしんぼ -vol.3 ソーコ-
『トンネルを抜けるとそこはかぐらの村でした。』
チキン南蛮!
・・・・・・・昭和時代によく流れていた宮崎のローカルCMをイメージしてみました~。
おそらく平成生まれの方からすれば「な~に言ってんだか。」って感じでしょうね。
ここ諸塚村で暮らしている私にとって、村内にあるお食事処は「食の生命線」、そして、そのどれもが
「食のオアシス」と言っても過言ではなく、おいしいメニューの数々が一人暮らしの寂しい心と胃袋を
いつも満たしてくれているんです。
シリーズとしてはちょっこし時間が空いてしまいましたが、地域の食堂第2弾。
今回は3品目に御紹介したおいしいチキン南蛮、略して「チキ南」が名物メニューのお店を御紹介しま
す。
お店の名は、『創香(そうこ)』
前回御紹介した柳原食堂と同じく、昼はランチ、夜は居酒屋として村民の憩いの場になっています。
店の名にふさわしく、普段はなかなか口にしないような珍しいメニューも豊富なんですよ。
私が諸塚村に来た当初、「今日はソーコに飲みに行こう」とか、「ソーコでご飯食べよう」といった会話
を耳にするたびに、「何でまた倉庫で飲んだり食べたりするんだろう!?」とよく思ったものです
が・・・・・・・、「創香」という字だったんです。。
ちなみに、人気メニューのチキン南蛮もおいしいけれど、いつもどちらにしようか迷ってしまうメニュー
があるんです。それは、
とり天。
とり天の本場・大分県でも通用するのでは!?と思うくらいにおいしく、村内在住のある外国人の知
人は、店に入ると迷うことなくこの「とり天定食」をオーダーするほど。
「人間、お腹がいっぱいになると幸せな気分になれる。」
・・・・・・何かのセリフの受け売りですが、まさにそのとおりだと思いますね。
そして、諸塚村内の飲食店は、単に「食べる」だけではなく気持ちも満たしてくれる何かがあるのです
が、懐かしのCMでスペースを割いてしまいましたので恒例の続編ですっ!(次回こそ店主登場)
『みんな~、早く行こうよ~』
諸塚マナー
シリーズ諸塚村の「道」。
最終章の今回は、村内で車の離合をする時に見る光景について。
諸塚村内には至る所に道路が作られているものの、山間地域という地形のため、未だに道幅が狭く
て車の離合が難しい場所も多いんです。
そんな時は、お互いに道幅が広いスペースに寄せたり、バックしたりして譲り合うのですが、うまく離
合ができるようになった際には、互いにクラクションを「ププッ」っと軽く鳴らします。
これぞ通称「諸塚ルール」。
ルールと言うよりは、村民同士による独特のローカルマナーといったところでしょうか。
もちろん、これまでも対向車に道を譲ってもらった時には一礼する等して感謝の意を表現していたの
ですが、「クラクション」を鳴らすというのは案外馴染みがなかったんです(私だけ!?)
私が車のクラクションを鳴らすのは、対向車等への注意喚起の時か、知人への挨拶代わりか、気分
がノリにノッている場合ぐらいでしたので。
いかに村民同士が顔を知っていて親しい関係なのかもわかりますね。
そして、この「諸塚マナー」は、「礼儀」、「思いやり」を徹底的に仕込まれている諸塚村の村民性
を垣間見る瞬間の1シーンだと思います。
最近では、離合時に対向車がクラクションを鳴らせば、目が悪くても「あの人は村内の人か、『諸塚ル
ール』を知っている人だな・・」と思うようになりました。一概には言えませんが。
そんな私のちょっとした悩みは、クラクションの鳴らし方。
「ププッ」っと鳴らすつもりが、思わず「ププー」と鳴らしたり「プッ」っとかすったりしてしまいます。。
クラクション1つにもメンタル面が影響してしまうんですね・・・・・・・。
「諸塚マナー」・・・・・・・・いただきました!
未来へのプレゼント
諸塚村には、2種類の地図があります。
1つは、ごく普通の地図。
そしてもう1つは、「道路網図」(↑)と呼ばれるもので、村内を通る国道・県道・村道・林道・農道・作業
道の全てがくまなく網羅されている地図なんです。
目をよく近づけると見えてきますよ。
私の脳内構造が。
・・・・・・・・って、こんなにしわが多ければ苦労してません。。
この道路網図を見れば、諸塚村内の至る所に道が通っていることがわかります。
元々「陸の孤島」であった諸塚村では、集落間の移動・交流も簡単ではなく、諸塚の中心部に行くのに半
日近くかかっていた地域もあったそうですが、国道327号の整備が進むにつれ村内の道路網の整備も
始まり、「村づくりの基本は道づくり」として、今日までその精神が受け継がれてきています。
殊に、集落間を結ぶ道路に関しては、先日行った生コン舗装作業が示すように、地域の人自らが道路づ
くりに参加しているんです。
道がつながっていない世帯を見たことがないですね。
このような村民の方の努力の結果、今では村の面積あたりの車道密度は60m/ヘクタールを越え、
日本屈指の高密度道路網が出来上がっています(聞いた話では日本一とも!)。
諸塚村の産業や観光の振興を図る上で欠かせない大事な「血管」ですね。
ちなみに、この高密度道路網には私がへぇボタンを連打するような効能も。
山林火災等が起きた場合でも、現場までの道が確保されているほか、道路が火を遮断して延焼を食い
止める働きがあるというのです。
先人達が残してくれたこの「未来へのプレゼント」に感謝し、私もいっそう「生コン舗装」 に励 んで いく所
存です 。
暖かい季節になったら。。。
舗装の達人
ぺったん、ぺったん、ぺったん、ぺったん・・・・・・・・・・(リピート)
『もういくつ寝るとお正月~♪』・・・と聞こえてきそうな季節ですが、冒頭のぺったん音は正月にちなん
だ餅つきではなく、土曜日に行われた生コン舗装作業の音。
またしてもオファーをいただきました~!
今回の現場は、黒葛原(つづらのはる)公民館内にある柳の越園芸団地付近の作業道。
当初は約100メートルを整備する予定でしたが、気分がノってしまったせいか一気に150メートル近
くを舗装しました(コンクリートの量に余裕があったため)。
3度目の生コン作業となった私に対し、他のボランティアの皆さんは既に5~6回の生コン作業をこな
しており、もはや「生コン請負人」としての地位を確立しつつあるようです。
さてさて、この生コン作業は、私が勝手に名付けた「ぺったん作業」をやって終わりというわけではな
く、ヘラ等を使ってきれいに均していく仕上げのお仕事が残っているんです(↓)
この均し作業がまた難しく、微妙な力加減で丁寧にやらないとかえって凸凹がついてしまいます。
あまり滑らかに仕上げすぎても、車が滑りやすくなってしまうので微調整がいるそうですよ。
ベテランの方の作業を見ていると、その姿はあたかも和菓子職人。
この日は特に疲れていたせいか、一瞬だけ道路が「灰色のようかん」に見えました。
・・・・・・こんにゃくかな。。
そんなベテラン陣に交じり、道路の端の仕上げを担当していたのが中山間盛り上げ隊の木野さん。
本物の職人さんでは!?と見間違えるほどの丁寧な仕事ぶりでした。
こういう時に性格が出ますよね~。
えっ、私の性格ですか?
次の生コン車が来るまで身動き一つとらずどっぷり座っていたほどの面倒臭がり(↓)
ひょっとして~、
私は「舗装の達人」ではなく、力仕事は「よそう(さぼり)の達人」に向いているのでしょうか。
(この時は微弱な腰痛を発症していたんです・・・・。)
地域の、地域による、地域のための生コン舗装作業。
多くの"達人"を輩出していますよ。
諸塚の車窓から Scene5
集落も山あり、谷あり。
シリーズ5回目にして、ついに私が住む滝の下公民館(の一部)が満を持しての登場!
・・・・・と思いきや、以前「歩いていこう!」の巻でも御紹介しましたね。
当然ながら、諸塚村内にある集落が全て山の上の高台にあるわけではございません。
滝の下地区のように、ムーミン谷ばりの別世界が広がる地域があり、その多くは川沿いのきれいな
景色を楽しむことができます。
冒頭の写真は、「今日からここで暮らすのか~」と思いながら見入った時の景色そのものなんです。
位置的には塚原公民館と家代公民館という個性的な地域に挟まれた格好の滝の下公民館ですが、
諸塚村の"ニッチ集落"として、独特の輝きを放っているんですよ。
そんな滝の下公民館にあって、独創的な住宅がコチラ↓
通称「蜂の巣団地」と呼ばれる村営住宅。
傾斜地に建てられた立体的な建造物となっていて、玄関を入ると地下へと2階への階段がそれぞれ
あるという独創的な造りになっているんです。
↑ 上の道路から下の道路へのショートカット階段(団地内を縦断)
はじめて諸塚村に越してきた日の夜。
この蜂の巣団地から放たれる灯りがとても心強く感じたのを覚えています(笑)
傾斜地をうまく活用して建てられたこの住宅は、平地が少なく宅地の確保が難しいという諸塚村の地
勢の特徴を象徴しているようにも見えますね。
ほんでもって、何で「蜂の巣」って呼ばれるようになったんでしょうかね・・・・・・・・。
教えて!もろつか。
諸塚の車窓から Scene4
遠く、遠く、離れていても・・・・・・・
七ツ山(ななつやま)公民館のことがわかるように、反対側の井戸園芸団地方面から力いっぱ
い撮影してきました!
七ツ山地区の中心部、通称・本村(ほんむら)は、諸塚村~五ヶ瀬町へと続く国道503号沿いから入
って少し標高が上がったところにあります。
こうして見ると、山の懐に抱かれているかのようにも見えますね。
↑ 七ツ山公民館周辺
七ツ山公民館と言えば、先日の「かあちゃん祭り」が記憶に新しいところですが、他にも「農家民
宿」、「エコツアー」、「大豆応縁倶楽部」等の活動舞台としても積極的に取り組んでいる地域で
す。
そして、あの「七ツ山婦人加工グループ」の本拠地でございます。
ちなみに、この七ツ山地区には、中山間地域を紹介する冊子等の表紙やポスターにもよく使われて
いるという絶好の撮影スポットがあるんです。
「さすがに今回の写真はちょっと遠かったかな~」
・・・・・・・と思いましたので、 数日後にこの"定番スポット"での撮影を試みようとしたのですが、車窓
から見えたのは、七ツ山地区ではなく4匹の猟犬!!!
車に向かってものすごい声で吠えているのを見て、今が猟期であることを思い出しました(11月15
日~)。
恐怖のあまり降車を断念した私は、しっぽを巻いて次なる場所へと向かっていくことになります。
村民だもの
月曜日の朝、
私が働く諸塚村役場では、定期的に職員全員が会議室に集い「朝礼」が行われます(概ね毎週)。
主に、職員がスピーチをしたり各課の連絡事項を伝える場なのですが、月初めの朝礼に関しては、村
長・副村長・教育長が毎月交代で様々な講話をされるんです。
12月期の朝礼(今週の月曜日)は教育長のお話でした。
今回は、教育長が村の図書館で見かけられた本で、「宮崎観光の父」と呼ばれる岩切章太郎さん
の著書『無尽灯(むじんとう)』が紹介されました。
『一つ一つのロウソクは小さな灯火であったとしても、それが集まれば大きな灯火となって照らすこと
ができる』・・・・という同書の一節を紹介された上で、「どんなに小さな事でも、人から賞賛されなくて
も、一人一人がここ諸塚で自分の仕事、地域の事に精一杯取り組んでいけば、村全体を明々と照ら
していける。」というお話・・・・・・・少なくとも、私はこのように受け取りました。
この話を聞いた後、何だか心が軽くなった気がしたんですよね。
今、自分がやれる身近な仕事・活動に一生懸命取り組んでいく・・・・それでいいんだな~と。
そうすることで自分が諸塚村で追い求めてきたモヤモヤの答えにつながればいいなと思いました。
今さらながら。
・・・・・・えっ、「モヤモヤ」の内容ですか?
それは、「運動が苦手・・・・。」とか、「カラオケでハイタッチができにくい・・・・。」とか、「日本酒を飲む
と崩れやすい・・・。」とかそういう些細な悩みではなく、純粋に「今は何をすれば諸塚村のため、地域
のためになるのかな~。」といった類のものでしょうか。
いろんな事をちょっこし真面目に考えてしまうこともあるんですよね、私だって。
だって村民だもの。
そのスピードで
冬の諸塚路を青年達が爽やかに疾走~!
先週の日曜日(5日)は、今年で64回目を迎える諸塚村青年駅伝大会が開催されました。
村内の青年をはじめ、諸塚中学校など全12チームによる熱き青春ドラマが繰り広げられたんです。
この駅伝大会も歴史が深く、その名に「青年」が付いていることが示すように、元々は村内16公民館
でそれぞれ青年団チームを結成して競い合っていたのですが、青年団員数の減少に伴い青年チーム
は統合し、中学生チームが参加するようになったそうです。
南川青年部会長の中田君もナイスラン(↑)
本人のきつさをよそに、車の中からのんきに「ガンバレ~!」と応援しながらあっという間に過ぎ去っ
てしまいましたが、本人にしてみれば「頑張っとるわい!」って感じだったことでしょう・・・。
結果は、今年も諸塚中学校の各部活動チームが上位を独占。
若い力って素晴らしいですよね。
殊に、来春諸塚村を離れる3年生の走る姿にはグッとくるものがありました。
さてさて、青年チームも頑張ったんです!
今年は青年A・B両チームともに善戦して最下位脱出。
11月に諸塚村に来たばかりの中山間盛り上げ隊中長期隊員の木野さん(↑)も、圧巻の 走りを見
せてくれ、青年チームにとっては快挙となる唯一の区間賞を獲得しました~!
着任後間もないのにすさまじい勢いで地域に溶け込んでいる木野さん。
地元の青年バレー部にも所属し活躍されています。
スポーツを通じて地域と関わり合えるって(運動オンチの)私からすればとても羨ましい限りです。
そのスピードで、どんどん諸塚村に入り込んでいってほしいと思います。
駅伝の醍醐味は、やはり"たすき渡し"。
私も自分なりのスピードで走り、かけている"たすき"を外すタイミ ングを図ろう・・・・・・
選手としては 走 り ませんでしたが、駅伝にちなんでそんなことを考えてみました。
オーバー・タイム。
(注:オーバータイムではありません。)
諸塚の車窓から Scene3
今回は~、立岩公民館・桂地区(5世帯)の風景。
たまに見かける5夜連続の長編ドラマを意識しているつもりは全くございませんが、写真に写った「紅
葉」が気になることもあり、この際一気に連続にしてしまいました。。
桂地区については、当ブログでもこれまで何回か登場した地区ですので、重複を避けるために今回
は"特設アーカイブズ"を御用意いたします(↓)
《桂シリーズ》
諸塚村に来て最初のエコツアー「やま学校しよう」から始まり、「十五夜祭り」、「霜月祭り」、そして記
念植樹・・・・・・と、個人的にも関わりの多い地区ですが、こうして振り返ると年間通じてあらゆる行
事・活動の舞台となっていることに気付かされます。
そして、それは桂地区の方々が訪れた数多くの人達との「縁」を紡いでいることを意味し、人口や世
帯数では計ることができない地域としての「求心力」を備えていることを示しているのだと思います。
またいつか「学びの館」に馳せ参じて、みんなでワンダフルな「なば天」に舌鼓を打ちたいな~。
(※2010年春は、揚げている途中で仕事に。。)
諸塚の車窓から Scene2
諸塚村の最南端・小布所(こぶところ)地区。
国道327号を日向方面から上がってくる際に、耳川の対岸に最初に見えてくる諸塚村内の 地 区で
す(荒谷公民館内)。
耳川を挟んで諸塚村と美郷町という位置関係になりますので、対岸はもう諸塚村なのにまだまだ美
郷町をドライブしているかと思うと、眠い時には何だかもどかしくなるようなポイントでもあります。
けれども、美郷町側の対岸から見たこの小布所の景色が私は好きなんですよね~。
建物や田畑がまとまって佇んでいるその光景は、なんだか地域のまとまりそのものを表しているよう
に感じるん です。
前を流れる耳川の清流も集落の庭園の一部かのようにも見え、のどかさが伝わってきます。
耳川クラスの河川ともなると、当然台風等による増水のリスクも高い地域ではありますが、それでも
普段はこのよ うな親水地区がドライバーの心を和ませてくれますよね。
ちなみに、小布所は「こぶところ」と読むのですが、よく「コブトコ、コブトコ」と略されているのを耳にし
ます。
あんまり「コブトコ」を連呼しているのを聞くと、本県出身の歌手を連想しそうになる時があるのです
が、この「コブト コ」にも甘い歌声を発する青年が約1名住んでいるんです。
その歌声は、川上にあるカラオケルーム(近日公開予定!)でも聞くことができますよ。たまに。
ワンダフル!
諸塚の車窓から Scene1
家代(えしろ)地区より塚原(つかばる)公民館を望む。
諸塚村の生活も2年目となると、遠くから見てどこの何という名前の地区かどうかがわかるようになり
ました。
自然のみの景色も素晴らしいですが、そんな自然の中に人が住む家があるというだけで何とも言え
ない 「ぬくみ」 を感じるような時があるんですよね。
諸塚村内の16公民館をさらに細かく分けると約80近くの地区があります。
それぞれの地区の景観に独特の雰囲気と風情が漂っていて、思わず車を止めることもしばしば。
全ての地域の外観を撮ることは地形的にも難しいのですが、素晴らしい地域の姿の数々をこれから
可能な限り御紹介していければ と思います。
今回の塚原公民館は、 諸塚村内でも最も世帯数が多い地域です。
村民体育大会、消防出初め式・・・・・・と、私が数々の"野良猫ガッツ"を繰り出した「村民グラウンド」
も中 央に見えます。
そして、私が諸塚村に来て一番最初にあったイベント・「諸塚村クロスカントリー大会」の会場(池の
窪)に向かう途中に、車窓から見た思い出の1シーンでもあります。
ワンダフル!
坊っちゃんがゆく ~となりの芝生編~
会議室なう。
・・・・・・・、と言いたいところですが、これまた1週間前の「緑のふるさと協力隊」九州地区ブロック
大会のつづきでございます。
2日目は、開催地・豊後大野市大野支所において、隊員の方8名と各受入自治体担当者どうしの
意見交換が行われました。
「緑のふるさと協力隊」もまた、派遣先のほとんどが農山村、漁村、離島などになっていて、各地域に
派遣されている隊員の方は、地域の人と交流しながら協力活動を行っています。
協力隊に応募した動機の多くは「田舎暮らしへのあこがれ」とのことですが、実際に住んでみて感じ
たギャップや悩み、発見した地域の魅力など感じていることは人それぞれのようで、とても興味深い
話ばかりでした。
その中でもやはり印象的だった話が、地域の人とのつき合い方。
近所つき合いがあまりない地域、どっぷりハマってつき合っている地域・・・と様々なようで、隊員の方
自身も特定の場所だけではなく「地域」にどんどん入り込んでいきたい気持ちがあるようでした。
私の住む諸塚村でも地域によって様々ですので一様には語ることができませんが、他の地域の話を
聞いた"坊っちゃん"こと夏目さんは自分が活動する諸塚村をどのように感じたのでしょうか。
『となりの芝生は青いけど、やっぱりうち(諸塚)の芝生も青い!』
そう感じているように見えましたので私が代弁させていただきますね。
1日目夜の懇親会では、福岡県築上町の隊員さんが、けん玉さばき全国2位の腕前を披露(↑)する
など隊員の皆さんのスペックも満開。
大野支所産業建設課の皆さんの温かいおもてなしを見て、協力隊の方がいかに地域で大事にされ
ているかも垣間見ることができました。
ところで、私から見た「となりの芝生」はと言いますと・・・・・・・・
赤かったです!
最後は、豊後大野市(大野)の名所・沈堕(ちんだ)の滝を観賞し、 顔にもみじ型の日焼けができな
いうちに坊っちゃんと豊後大野市を後にしたのでした。
坊っちゃんがゆく ~県外進出編~
大分県豊後大野市なう。
・・・・・・と言いたいところですが、喝采ばりのあれは1週間前。
「緑のふるさと協力隊」の九州地区ブロック大会に出席するため、お隣・大分県の豊
後大野市(旧・大野町)に行ってまいりました。
このブロック大会は、九州・山口地域に派遣されている8名の隊員の方とそれぞれの受入自治体(7
自治体)の担当者が集まり、日頃の活動内容等について意見交換を行うんです。
会場は持ち回りで、今年は豊後大野市の大野支所の番・・・・・ということで今回は番外編。
我が村の"坊っちゃん"こと夏目さんは・・・・、
農作業のお手伝いのため諸塚村にお留守番・・・・・・・・・ではなく、実際に豊後大野市の隊員の方の
活動先で収穫作業を体験しました。
夏目さんにとっては、日頃活動している諸塚村以外の地域に行くのは珍しいことで、初の県外。
行きの車内でも、修学旅行に出かける学生さんのようにウキウキしているように見えましたね。
さて、今回収穫した作物はコチラ(↓)ですが、何の作物なのかわかりますか?
これは里芋でございます。
店頭に並んだ里芋はよく見かけますが、親芋に子芋がびっしり付いた状態での収穫体験は私も初め
てでした。
旧・大野町は、もともと畑作が盛んで葉たばこや芋類の生産量が多い地域だそうです。
広大な畑を見て、あらためて山林が95%を占める諸塚村では農業用地が限られていることを実感
しました。
九州各地から集まったふるさと協力隊と各担当者の皆さんで収穫させていただき、あっという間に箱
いっぱいに里芋が積み上げられていきます。
収穫した里芋は、
ラミパスラミパスルルルルル・・・・・・・・・
夜の宴会時に名物『だご汁』となって登場しました~!
あれはおいしかったな~・・・・・・・・・って回想するほど更新が遅くなってしまいましたが、
このブロック会議は単に収穫体験作業だけをしに行ったのではなく、中山間地域での活動について
の意義ある「会議」をしてきたんです。
久々に同期隊員と再会した坊っちゃんのスペックもさらに進化したようですよ。
つづく