西米良ブログ

2009年10月の記事

にしめらんビューティー

いつの世も、どこの地でも、女性陣の興味は、 「甘いものと美容」 です。

この種のネタになると、おしゃべりが止まりません。

 

<甘いもの編>

村には洋菓子屋さんがありません。ケーキが食べたければ作るしかありません。

 

以前、ブログに掲載した「この瞬間が宝物」のお弁当でも分かるように、西米良で「自分の分だけ」という考えはありませんので、大量に作っては周囲に振る舞います。その美味しさと、西米良特有の遠慮の無さが加わってあっという間になくなるのです。

 

<美容編>

村で驚くのは、ほとんどの女性が働いていること。

村には、村営の保育所があり0歳から受け入れをしています。

小さいお子さんのいるママも、保育所・ご近所・おじいちゃん・おばあちゃんの協力を得ながら仕事を続けています。

 

先日、89歳・ニシキさん宅に電話をしたところ

「ひーばあちゃんは、お仕事に行っています。」と曾孫さんが言うほど、西米良女性は生涯現役ワーカーであることが多いです。

川の駅「百菜屋」のおばちゃん達、菊池記念館の○脇さんの口癖は、「だって仕事場来たほうが楽しいもん」です。

 

いついかなる時も、誰かに頼られ、自分の役割を持ち、前向きに楽しく!

 

『にしめらんビューティー』 の秘訣は、この心意気から生まれる笑顔でしょうね。

 

※写真は、村のあちこちにぶら下がっている「カラスウリ」です。

 村内は少しずつ紅葉し始めました。山の上の方は、今から11月上旬が見ごろのようです。

 麓は11月上旬から中旬と思われます。今年は例年より1週間ほど早いようです。

 西米良村 紅葉・イベント情報の詳細は

『西米良村HP(「かりこばん」は毎日更新)』をご覧ください。

 http://www.nishimera.jp/

 

  そしてモデルは、我が企画交流グループ「天使の笑顔」の美紀さんです。 

karasuuri.JPG 

 

 

日時:2009年10月31日 08:00  投稿者:西米良駐在員

村のこども

「村の子ども達は、休みの日、誰と遊ぶのだろう?どこで遊ぶのだろう?」

先日、休日に日直をしていると外から「おにごっこ」をする子ども達の声が聞こえ、生じた疑問です。

 

西米良村15歳未満の子どもは、村民全体の約10.7%です。(平成21年10月1日現在の住民登録データ。ちなみに65歳以上は約41.6%です。)

 

○ 役場のある村所地区は、割と人口もありますし、住宅も集まっているので近所に友達が住んでいると思いますが、集落によっては、15歳未満が4~5人というところもあり、山道で民家が点在している場合もあります。

 

◇ 私(宮崎市生まれ宮崎市育ち)の子ども時代の休日といえば、宮交シティのプール、スケートもしくは近所の児童館が遊び場でした。当然、同じ小中学校だけでなく、近隣学校の子どもも遊びに来ており、日々新しい顔を見ます。

 

○ 西米良で驚くのは、村内で開催される行事において、村の方々は老若男女問わず実にのびのびと感情を表現することです。

大声で笑いあい、けなしあい、まるで自分の家にいるかのように振る舞います。

 

◇ 私の育った環境で考えるなら、よく知っている仲とはいえ、地区や学校で集まればそれなりの遠慮をするものだと思うのですが、西米良にはそういう意味での「遠慮」というものがありません。

 

 

 

 村の若いお父さん、お母さんと話しをすると、ほとんどの方が、

「高校生になって、いきなり大勢の中で、しかも親元を離れて上手くやっていけるのか心配」

とおっしゃいます。

1学年10名前後、小中学校9年間一度もクラス替えなどなく、学校全部兄弟同様に育つわけですから、保護者の方々が心配するのも当然です。

義務教育でなくなり、更に下宿生活です。経済的負担も半端ではありません。

 

村では、村民の負担を少しでも軽くしようと、村独自の奨学金制度等があります。

また、子ども達に大勢かつ知らない人の中で活動する経験を与え、村外での生活がスムーズに始められるようにと、歴史的につながりの深い熊本県菊池市の学校との交流学習や、東京への修学旅行を行っています。

 

十数年前、私は教育学部に在学していましたが、その時の目下の話題は、「いじめ問題」でした。

ここ西米良に、「いじめ問題」はなさそうです。しかし、過疎地ゆえの別な課題があります。

 

西米良の子ども達が、将来、お父さん・お母さん・おじいちゃん・おばあちゃん、そして地域の愛情に気付く日が来ることを願ってやみません。

 

※ 写真は、横野地区にある中武ファームの名犬サリーです。普段は穏やかで甘えん坊ですが、こう見えても猟犬です。

  中武ファームでは、村の特産品であるホオズキを大規模に生産し、全国発送しています。

  夏のイメージが強いホオズキですが、西米良では、乾燥させたホオズキを利用して電飾アートを作り、年中飾ります。特に、12月1日から西米良温泉「ゆた~と」で、村民の人口と同じ数のホオズキライトがクリスマスツリーとなって村を照らします。

sari-.JPG

日時:2009年10月28日 09:30  投稿者:西米良駐在員

お猿さまさま

先日、トライアスロン仲間と話しをしていた時のこと。

宮崎市生まれ、宮崎市育ち。当然鹿も猿も動物園でしか見たことがないと思われるM子ちゃんとの会話です。

 

私 : 

「鹿やら猿が、育ててる花とか野菜をすぐ食べるから大変よお。」

「ペロリ農園では、野菜の収穫時期になると猿撃退のために鉄砲を打ち上げるらしいんだけど、最近は、鉄砲がなると 『おおっ、食べごろだ』 と思うのか、反対に寄って来て、全部取っていくんだって。たまらんよねえ。」

 

M子:

「ええ、猿ってどんな風にとって行くと?」

 

私 :

「きれいに、引き抜いていくとよ。米良大根とかを。」

 

M子:

「へええ。猿ってすごいねえ。収穫手伝ってもらわないかん。」

 

私 :

「・・・・・・・・・」M子ちゃんって・・・・・

 

M子:

猿に労働力になってもらおうや。」

 

私 : (なんてポジティブシンキング)

 

獣害対策も、根本から発想を変えてみるというのも、一つの手かもしれませんね。

野生の猿を、使いこなせる人がいたら「ノーベル西米良賞」は間違いないでしょう

誰かいませんか?ノーベル西米良賞候補

お猿さん似の人ならあてがあるんですけど、「お猿さま」の心を操るのは難しいでしょう。

 

※ 写真は、役場の外を闊歩する「お猿さま」です。最近は人目につくところでも出現し、くつろいでいます。

monky.JPG

日時:2009年10月20日 08:00  投稿者:西米良駐在員

役場の朝

8時15分

役場玄関前での 「ラジオ体操」 で役場の1日が始まります。

一時期1年ほど中断したことがあるそうですが、始めたのは昭和35年か36年。38年からは、雨の日以外、毎日行っています。

きっかけは、毎朝体操をしている職員がいたのを皆がマネしたようですが、あまりに古い話しなので正確なことはわかりません。

 

たかがラジオ体操、されどラジオ体操

 

実に個性が出るもので、必ずワンテンポ早い人・遅い人、角角な人、流れるような人、それぞれが思い思いのラジオ体操をしています。

 

体操終了後は、整列し、2役(村長・副村長)・教育長のその日の動向、村内行事を宿直当番(西米良村役場男性職員には宿直当番があります。よって役場には24時間365日、盆・正月関係なく、職員が最低1人は待機しています。)お知らせします。

 

さらに、庁舎内に戻って、各課ごとに朝礼を行い、職員一人ひとりがその日のスケジュールを簡単にお知らせします。

 

西米良村役場職員(診療所・保育所含む)、2役・教育長を含めて76名

このコンパクトさと菊池の精神(いつか特集します)が、ラジオ体操を継続させているのかもしれません。

  fukurou.JPG

日時:2009年10月16日 08:15  投稿者:西米良駐在員

本日は晴天なり

私のお気に入りスポット 『天包山』 中腹には、『坊主岩』 と言われる岩があります。

天包山はかつて、西南の役の激戦地となったところで、この坊主岩には、その時にできた弾痕が生々しく残っています。

私、先週の金曜日もお仕事で天包山に登らせてもらいました。

坊主岩からの眺望は格別なので、いつもなら必ず登って「ヤッホー」と一声やるのですが、この岩には 「若い」「女性」「登って」「叫ぶ」「雨が降る」との言い伝えがあるため、今回は遠慮しました。

3連休中、雨が降って登山ができなくなったらいけませんからねえ。3連休、晴れたでしょ!!! )

 

さて、3連休中に 「カリコボーズの宝探し」というイベントを実施していました。

村内7箇所に西米良にちなんだ問題を設置し、4問以上正解の方にプレゼントを贈るというものです。

その、 問題設置箇所の一つが 「天包山頂上」だったのです。

 

金曜日、風雨よけの衣装ケースを担いで登り、問題と回答用紙を設置。

本日、衣装ケースを担いで下ったところ、「0枚かもしれない。」というスタッフの予想をくつがえし、 何と8枚の解答用紙が!!! (8名の皆さん。ありがとうございます。また、お疲れ様でした。集計後、プレゼントを発送します。お楽しみに。)

 

つい最近まで、「西米良村 36度」とマスコミを騒がせた西米良ですが、朝晩はぐっと冷え込み毛布が必要になりました。

カリコボーズが戻ってきた 「米良三山」も衣替えの季節です。

 

※ 写真は、天包山からみえる「平成の桃源郷 おがわ作小屋村」です。険しい山々の中に、ぽっかり開けた田園風景が見えます。

amaogawa1.JPG

 

 

 

 

日時:2009年10月13日 15:00  投稿者:西米良駐在員

ふれあい弁当

80歳になった自分を想像してみてください。

あなたは、どこで、誰と、何をしているでしょうか?

 

子ども達と同居、老夫婦2人暮らし、独り暮らし・・・

 

毎月第3土曜日の午前7時。村所自治公民館には、JA女性部西米良地区・村所支部の皆さん、約20名がエプロンと三角きんを持って集まります。

村所地区内に住む原則75歳以上で希望される方に、お弁当を届けるためです。

 

まずは、腹ごしらえから。メンバーが持ち寄った手作りおやつや漬物をいただきながら、リーダーのY子さんから今日のメニューや作業手順について説明を聞きます。

(Y子さんは、季節・旬・栄養のバランスを考えて、毎回メニューを考えてこられます。)

いよいよ作業開始。メンバーは50歳代から70歳代が多く、主婦歴数十年のベテランですから、手際よく作業は進み、約2時間後にはお弁当完成。全員で手分けして配ります。

 

お弁当を届けながら、体調、離れて暮す家族のこと、ご近所さんのこと等等、世間話をするのです。

 

この活動、17年前から行われています。

 

○ 都市部であれば、お金を払えばお弁当の宅配サービスが受けられます。

○ 中山間地にそのようなサービスを行う業者はありません。

 

○ 都市部であれば、お腹がすいたらスーパーやコンビニですぐにお弁当を買うことができます。

○ 中山間地(西米良)には、コンビニはありませんし、お店が営業している日のみで、予め注文しておく必要があります。

 

○ 都市部では、隣に住む人を知らないことがあります。

○ 中山間地(西米良)では、隣のおばあちゃんを朝から半日見かけないと、ご近所が心配します。

 

 都市部がお金で得るサービスや便利さの全てを、中山間地(西米良)で得ることはできません。

 それでも、ここで生きていけるのは、 「この生活が当たり前」だと思う村民の意識と、不便を乗り越えるだけの助け合いと気配りがあるからだと私は思います。

 

 とがったコマのような人口ピラミッドの西米良村で、今後村民の生活をどう守っていくのか、近い将来村民の大半を占めることとなる高齢者をどう支えていくのか。

 これからが、正念場です。

※ 写真は、「菊池記念館」の庭で撮影した「たますだれ」です。

  皆、太陽の方を向いています。

 

tamasudare.JPG 

 

日時:2009年10月 9日 18:00  投稿者:西米良駐在員

西米良初来村

2008年 3月上旬 雨

近く大きなトライアスロン大会を控えていた私は、「雨が降るかも」と思いつつ、バイク仲間とバイクのロングライドに出かけました。

宮崎 ~ 須木 ~ きれい峠 ~ 尾股峠 ~ 西米良 ~ 西都 ~ 宮崎 (全180キロ)

 

案の定、きれい峠の上りで雨が降り出し、尾股峠は土砂降り。

ぐっちょり濡れた状態で下るもんだから、冷凍庫状態

雨をしのげる場所を求めて、川の駅「百菜(歳)屋」で小休憩。

全身ずぶ濡れの人が20人以上も店内で暖を取るのですから、店内は水浸し(申し訳ありません。)

寒さに震えながら、持参したおにぎりを商品棚の端でかじっていると、

「寒かろう」

と言って、笑顔で「ぜんざい」を振舞ってくれたおばちゃんがいたのです。

 

この人が、「川の駅初代駅長」であり、前に紹介した「みどりグループ」の代表でもある「典子さん」だったのです。

(約1年後、西米良に赴任し再会。この日のことを覚えていらっしゃいました。)

 

そして、これが私の西米良初来村でした。

(この時、西米良で働くことになるとは夢にも思っていませんでしたけど・・・)

 

典子さんは、明朗・活発・豪快・人情の人。後は、皆さんの想像どおりです。

 

もし、西米良に来られたら 「川の駅 百菜(歳)屋」 に是非立ち寄ってみてください。

西米良村が目指す、 「生涯現役元気村」 がここにあります。

 

susuki.JPG 

日時:2009年10月 6日 09:00  投稿者:西米良駐在員

いわなが姫

むか~し、むかし、オオヤマズミノミコト に二人の娘(姫様)がいました。

姉姫は、いわなが姫      妹姫は、このはなさくや姫

 

ある日、テンソンニニギノミコトという偉い方が、西都原の南側の小道を散歩中、このはなさくや姫に遭遇。一目ぼれ。(なかなかの メンクイ)

 

すぐに仲人を立てて、「このはなさくや姫を嫁にほしい。」と父親であるオオヤマズミノミコトに願い出ます。(これが、今日の仲人の始まりとも言われています。)

 

美しいこのはなさくや姫に比べて、

姉のいわなが姫は二目と見られないほどのブサイク

 

いわなが姫を不憫に思ったオオヤマズミノミコトは、「このはなさくや姫と一緒に、姉いわなが姫も嫁にもらってください。」と差し出したのです。

 

ところが、テンソンニニギノミコトは、いわなが姫のあまりのブサイクさに驚かれ、お返しになってしまいました。(何て男だ!)

 

大変悲しんだ いわなが姫は、自分の顔を鏡に映し、あまりの醜さに鏡を北西へ放り投げてしまいます。

この鏡が飛んでいった先が、今の「銀鏡」の龍房山頂と言われています。

 

鏡の光る方に向った いわなが姫は、銀鏡谷にたどりつき、さらに山を越えて「小川」にたどりつきました。

小川では、お米を作り、黄金の稲穂を眺めながら「ヨネヨシ ヨネヨシ(ヨネヨシ・・・コメヨシ・・・米良)」と喜ばれたそうです。

 

と、申すかっちん

 

 いつの世も、美へのあこがれはつきませんねえ~。

 私、この「○○ノミコト」など覚えるのが大の苦手。この名前覚えが嫌で高校時代、世界史をあきらめ地理を選択したほど。読みにくかった方、申し訳ありません。

 

※ 写真は、西米良中学校下から見た、西米良村の日没です。

 

nichibotsu.JPG 

日時:2009年10月 2日 13:00  投稿者:西米良駐在員

« 2009年9月 | ブログのトップページへ | 月別記事一覧へ | 2009年11月 »

   ページの先頭に戻る

ホーム |  中山間地域の概要 |  いきいき集落 |  おでかけスポット |  駐在員ブログ |  お問い合わせ |  プライバシーポリシー |  サイトマップ |  リンク集