2009年11月の記事
諸人こぞりて
明日からいよいよ12月!
本格的な忘年会シーズンを迎え、私も消防団や青年団等の各種忘年会に次々と参加しています
が、今は役場忘年会の「新人出し物」なるものをどう乗り越えるかで頭がいっぱいなんです(笑)
まだまだ激動の平成21年を回顧するには早すぎるようですね・・・^^;
そんな中、先日は我が家がいつの間にか忘年会の会場に指定されてしまうという出来事があったん
です。しかもなんとなんと一次会から!
来客メンバーは、「緑のふるさと協力隊」として諸塚で1年間ボランティア活動を経験し、後に村に
戻ってきて働くことになったOB3名と現役の汐崎氏。
そして、ボランティア総取締役(担当)をされている産業課のM補佐を中央に迎え、計6名による
「一ヶ月早いよ!男祭り2009」が開催されたのです・・・・。(今もやってましたっけ?)
↑ 華がなくてすみません^^; みんないつもはキリリとしてるんですが・・。
このうち、汐崎さん(一番右)と田邉さん(一番左)については以前のブログでも御紹介しましたが、今
回は3代目の片平さん(右から2人目:福島県出身)と6代目の木村さん(左から2人目:宮崎市出
身)も登場です!(木村くんは過去のブログでもしれっと登場させてますよ^^)
2人とも村内で林業関係の仕事をされていますが、仕事以外にも神楽や伝統工芸などにも挑戦して
いて、好奇心旺盛な点は共通していると思いますね^^
ところで、
ふるさと協力隊のOBでもないのにどうして我が家が会場!?って感じですよね。
自分もそう思いましたので確認してみたんですが、
みんなで忘年会の会場決めを協議した際に、「寺原さん、どうせヒマしてるやろうから。」という理由だ
けで全会一致したとか。
・・・・わずか8ヶ月の付き合いでよくぞ見抜いた!って感じですが、たまには見栄の一つもはってみた
いもんです。。
しかし、歴代ボランティアが一堂に会する機会は珍しく、「中山間盛り上げ隊」に携わるものにとって
は経験者のいろんな話が聞けるので好都合!と思い快く無血開城。
まさしく「諸人(もろびと)」になった皆さんがクリスマス前にこぞって突入してきたわけなんです^^
諸塚村ではこれまで8人のボランティアの方に来ていただき、3名の方が村に戻ってきて仕事をして
いるんです(それぞれ職場は別)。
これはすごいことですし、村にとっても嬉しいことだと思います。
ただ、戻ってきた3人の場合はそれぞれ自分のやりたい事があって、それがやれる場所として諸塚
村を選んだそうなのですが、最初から「帰ってくること」を前提に来ていたわけではないという話が印
象に残りましたね。
その判断材料に諸塚での1年間が大きな要因となったというのは以前も書いたとおりですが。
ふるさと協力隊の場合は、ボランティアの方自身も個人的な目標をもって村に来ていて、これまでの
8人全員が「ボランティア活動」という1つの目的を達成して村を巣立っていったという点は同じなん
ですよね。
OBとしては、今後村に来てもらうボランティアの方にも、歴代OBが「帰ってきたこと」をプレッシャーに
感じることなく、あくまでも「ボランティア活動」をやりきることを考えてもらいたいそうです。
私も「帰ってきた」ことばかりに注目しがちだったので、この話はすごく考えさせられましたね。
いい話も聞けたし無血開城した甲斐があったってもんです!
しかしこの日は楽しい忘年会。
この後は若者達と心ゆくまで年忘れに専念させてもらったのでした^^
しいたけ物語 第2回「呼び名にまつわるエトセトラ」
(前回までのあらすじ)
「しいたけ」は、別名「なば」の愛称で親しまれています。
(最新のリサーチによれば、どうやら「えのきだけ」や「しめじ」などきのこ類全般を「なば」と呼ぶらし
い。)
諸塚村特産のしいたけ。
他にどんな魅力が潜んでいるのか?物語は一体いつまで続けられるのだろうか・・・・・。
(第2回 呼び名にまつわるエトセトラ)
さて今回は、しいたけの呼称を別のアプローチで御紹介します!
しいたけは、「カサ」の開き具合によって様々な呼び方があり、開きの小さい順から以下の①~③
に区別されるんです。
①どんこ(冬菇)
カサがほとんど開いていない状態で、こんもりと丸く、肉厚で歯ごたえ抜群です。カサの表面が亀の
甲羅みたいになっているものもあり、びっくりするような高値がついていることがありますよ。
↑ どんこの開き具合はこんな感じ。上記のような白いヒビ入りは、牛肉の霜降りに匹敵するくらいハ
イグレード!?
②こうこ(香菇)
「どんこ」と「こうしん」の中間タイプで、漢字も両方から一字ずつとって命名されているそうです。
ボリューム感があってコクのある味らしいですよ。
【NOW PRINTING m(_ _)m】
③こうしん(香信)
カサが開いていて薄手なので、スライスやみじん切りにして料理するのに便利です。加工用としても
よく使われるようです。
↑「どんこ」に比べるとカサの開きが大きいです。
上記①~③とカサが完全に開いた「ばれ」も含めて4タイプがありますが、「生しいたけ」よりは「乾
しいたけ」の業界用語として使われることが多いようですね。
これまた地元の食通への聞き取りによる最新のリサーチによれば、カサの開きの違いこそあれいず
れも味は等しくおいしいらしく、「美味でございまする~」の連呼は必至だとか^^
ところで、諸塚村にはこの「どんこ」にちなんで「どんこ亭」という飲食店があるんですよ!
↑店内の様子(開店前です)
どんこ亭とは言っても「どんこ」だけを扱っているわけではなく、①~③(「ばれ」も?)までふんだんに
使った料理を取り揃えたランチバイキング(↓)になっています。
他にもしいたけの炊き込みご飯などがありますが、写真に入りきりませんでした。。
↑ しいたけのバター焼き(奥)と天ぷら(手前)は、肉厚で美味!
諸塚村ではどんこ亭もまたランチ激戦区の一つ・・・・・。
私は平日を回避し、土日のお昼に「一人でランチして悪いかっ!」って感じでゆったり食べています。
最近、しいたけのバター焼きとなぜだか梅干しを私が食い占める傾向がありますので、行かれる方
はお早めにどうぞ~!
それにしても、しいたけは本当に呼び方が多すぎて、まるで出世魚みたいな感じですね~。
しいたけなだけに「出世なば」!?
どの過程もおいしいところは海も山も同じってとこですね^^
歌バカと言われそうですが・・・・タイトルを踏まえて歌うとこんな感じでしょうか!?
♫
なば 食べ 行こう~
はにかんで 行こう~
あまりにも 絵になりそうな
魅力的な 厚い ハッピーどんこ☆
今宵はここまでに致しとうございまする。
『山よ!』
って叫んでまいりました!
諸塚村屈指のビューポイント「秋政(あきまさ)展望台」で。
この展望台では360度のパノラマが広がり、諸塚中心部のほか、我が故郷都農町の名山「尾鈴
山」も拝むことができます。
本当に天気がいい日だけですが、遠くは延岡市街地までも見渡せるんですよ^^
先日の連休最終日は諸塚村でもご覧のとおりの大快晴となりました。
前日は村の若者達(アラトゥ・・・)と宮崎市内で飲んでいましたが、翌朝の快晴ぶりにスイッチが入り
豊臣秀吉ばりの「諸塚大返し」を敢行。
諸塚帰村後、一気に池の窪まで上ってこの秋政展望台に向かったのでした~。
↑延岡方面。
ズームすると・・・・・・・・
↑ 旭化成の煙突が見えます。
延岡にお住まいの皆さん、見られてますよ~^^(それが何か!?はタブーです)
今さら山にちなんだ本題なのですが、
諸塚村にはイメージソングがあるんですよ!
イメージ村、イメージ村、イメージ村・村・村~♪って感じで、諸塚の風情をたっぷりと表現した曲に
なっていると思います(音楽愛好家のはしくれとしての感想です)。
曲の名は『山よ!』
昭和63年の大晦日にUMKテレビで放映されたドラマ「山よ」のテーマソングが大きな反響を呼んだ
ため、村から製作スタジオに申し入れ、平成元年に寄贈された曲のようです。
昭和63年・・・と言えば、
『抱きしめてTONIGHT』、『とんぼ』、『パラダイス銀河』等の今もなお心をくすぶるキラーチューン揃い
の年ですが、『山よ!』もあの頃(諸塚駐在員:小6)に誕生した曲なんですね~。
この曲は、今でも定時に放送される防災行政無線のBGMや各種イベント時に度々登場するので、
村民の方はもちろん、諸塚歴8ヶ月の自分にも浸透しつつあるんです。
ちなみに、サビ部分の歌詞だけ御紹介すると・・
「山よ 時は流れていくけど
山よ 町も変わっていくけど
僕のこころはかわらないよ」 とのこと。
歌詞に昭和のかほりが漂ってますよね~^^
とびっきり影響を受けやすい自分は、ノっている日はついつい「山よ~♪」とハミングしてしまうありさ
まなんです。
そして、この日も気分がノっていたせいか、展望台に着いたと同時に脳内に「山よ!」がセットさ
れ・・・・・。
誰もいないのを確認した上で、「山よ~」と熱唱しました(鼻歌交じり度:75%)。
諸塚村以東にお住まいの皆さん、歌声がこだまして到達していたらごめんなさいm(_ _)m
このようにイメージソング戦略にあっさりとはまってしまったわけですが、当時の方々にしてみれば「し
てやったり村民」になるわけですよね^^
諸塚のイベントに来られたら聴く機会があるかもしれませんよ~。是非是非!
故郷の尾鈴山を拝みながら・・・。
役場のお仕事
月曜日の夜、生まれて初めて救急車に乗りました。
と言っても患者としてではなく仕事だったわけですが、
村内でケガされた方を、諸塚国民健康保険病院から延岡の県病院まで搬送したんです。
諸塚村役場では、職員が救急車の搬送業務を行うんです。
消防事務の「非常備」の形態を採っている自治体に多いようなのですが、自治体の中には他の団体
に救急搬送を委託しているところもあり、必ずしも消防事務とイコールではないそうです(救助活動は
消防団)。
4月に赴任した際に、役場の地下駐車場に救急車と消防車があるのを見て驚いたものですが、
今週ついに初搬送となったのです。
現場では先輩からストレッチャー操作などの指示をいただき、救急車の助手席に同乗。
サイレンを鳴らしながら、国道327号を日向まで下り、国道10号を北上するコースでした(延岡南道
路経由)。
1年前仕事で行っていた延岡市街地をよもや救急車で走行することになるとは・・・・・と考えながら。
救急車なのである程度の速度で走行するんですが、それでも延岡までは1時間前後かかりました
ね。。。
やはり赤信号の交差点を走行する際には左右に気を遣いますし、前を走行している車になかなか
気付いてもらえない時はちょっと焦りました。。。
自分も音楽を聴きながら運転している時はなかなか気付かないときがありますもんね^^;
こまめなミラーのチェック(後方確認)は大事ですよね!
はじめてだったのでかなりドキドキしましたが、諸塚村役場の仕事を知るという意味では貴重な経験
だったと思います。
こういった事は本当にないにこしたことはないのですが・・・・・。
それにしても、諸塚村から救急搬送する場合は日向市や延岡市、受入先によっては宮崎市まで行
くらしいのですが、いざ乗ってみるとやっぱり遠いなぁ~と感じます。
諸塚村の場合、集落によっては村中心部までさらに時間を要するから大変です。
一刻を争うような時にはヘリコプターとかがあるといいのに・・・・・
・・って真剣に考えちゃいますね。
車のように簡単に乗れて、かつ低コストのヘリコプターが開発されないかな~。
アニメ「ドラゴンボール」に出てくるような「ホイポイカプセル」に収納できればグぅーです^^
大還暦スペシャル
諸塚村は今年で村制施行120周年という節目の年を迎えました。
人間でいえば「大還暦」ですよっ!!
120年前の明治22年5月1日に旧家代村と旧七ツ山村が合併し、今の「諸塚村」が誕生したのだ
そうですが、明治22年といえば私の祖父も生まれていない時代ですので、歴史の長さを感じますよ
ね。
このような節目の年に諸塚村に赴任できたことは感慨深いものがありますね~^^
昔私の親が、職場でも居住地でも「縁であって運」という言葉をよく口にしていましたが、一生かかっ
ても縁がない人や場所があることを考えるとその通りだと思うことがありますね。
それはさておき。
15日にはこの大還暦を祝うセレモニーも兼ねて諸塚村民文化祭が盛大に開催されましたよ。
この村民文化祭も今年で60回目でしたので、これまた「還暦」だったわけです!
そこで、この秋のイベント総決算後編は大還暦&還暦を祝し、写真大放出で御紹介していきますよ
~。
それではスタート。
「なんで・・・・・なんで玉入れなんだ!?」って某ハウスメーカーのCMみたいにつぶやいた方もいると
思いますが、諸塚村では、文化祭だろうが体育祭だろうがこの玉入れがないと締まらない(?)んで
す^^;
くどいようですが、写真の使い回しではないですよ~。
↑会場入り口にはこのような看板が!
文化祭には、諸塚村出身で宮崎や延岡・日向方面に住んでいる方々(村人会)がバスに乗って帰っ
てこられるんです。
↑体育館の駐車場を埋め尽くすほどのバスが続々と到着。
バス到着後は、村長さんをはじめみんなで歓迎です。帰ってこられた方の多さにはびっくりでしたね。
バスの方だけでも300人程いらっしゃったでしょうか・・・。
【村制120周年記念セレモニー】
大還暦(120周年)のお祝いセレモニーは、みんなでバルーン打ち上げです。
色鮮やかで、まるで「ぷよぷよ」の世界を見ているみたいでしたよ^^
↑ あっという間に、上空へと旅立っていきました~。
自分も連れって行ってくれ~!(ちょっと!ちょっとちょっと^^;)
↑ちなみに、風船には村内の子供の「想い」がカードに綴られていたんです。
舞台裏でスタッフが総力を挙げて準備しましたよ。テントがなかったら大変でした。。
【郷土芸能披露】
↑あれ!?どこかで見たような舞ですよね。
そうです!
川の口地区秋祭りの巻で御紹介した伝統舞踊「さんばそう」です。
村民文化祭のステージでは毎年郷土芸能が披露されるのですが、今年は川の口地区に白羽の矢
が立ったのです。
何だか二度おいしい感じでしたね(個人的には「チョコレイト・・・」もやってほしかった・・^^;)
来年は、神楽か団七踊りでしょうか。それとも駄賃つけ唄!?
【諸塚村民バンド】
↑今年から新ボーカルを迎えた「村民バンド」が登場。
素晴らしい音楽が諸塚の山々をこだましてましたよ!上を向いて歩いていく気になりました^^
ステージの外では、鹿肉等を使った「ジビエ料理」がズラ~リ!由布院のイタリアンレストラン「南の
風」のシェフによる☆☆☆料理が試食でふるまわれていました(ゴクッッ。食べたかった・・・・。)
↑ ご覧のとおり長蛇の列。風のハルカさん(湯布院が舞台となったNHK05年後期朝ドラの主人
公)も大喜び!?
【展示会場(村体育館)】
↑会場には村内から数多くの素晴らしい作品が出展されていましたよ。
↑ 今年は「祝 村制120周年記念」コーナーも登場。
県文書センターに御協力いただき、昔の貴重な資料も展示することができました。
↑村内で採れた新鮮野菜等も会場の大きなシェアを占めていました。文化祭と併せて「産業共進
会」が開催され、審査員による野菜の品定めが行われたのちに販売されるそうです。
↑大きいでしょうが!(寒っ)
ショウガってこんなふうにつながっているんですね(恥)
※全てを御紹介できずごめんなさいm(_ _)m
文化祭終了後は、村人会の方々をみんなでお見送りです。
バスに乗車する前に握手しながら再 会を約束する人達、抱き合って別れる人達、バスが見えなくなる
まで手を振り続ける人など、様々な 光景が目に飛び込み微笑ましくもあり、切なくもありました。
それでも、こうやって帰って来てくれる人がいて、そして迎える人・故郷があるということが何よりも素
晴らしい事だ と思ったんですよね。
このような「ふるさと」は少なくなっているような気がしますので・・・。
こうして、また一つ大きなイベントが終了しましたが、 文化祭も他のイベント同様、村民の方あっての
イベントの一つであることを強く感じました。
こういったイベントを継続していくには、村民の方はもちろん、来られた方に満足していただけるような
文化祭であり続ける ことが大事だと思います。
これからまた村民みんなで考えに考え抜き、練り上げていく来年の文化祭が楽しみですね^^
そのためには「大反省会」の実施が不可欠!
・・・ということで特設反省会場となった体育館横では、諸塚牛とさんまに舌鼓をうちながら来年に向
けた 作 戦会議が敢行されたのです!?
そして、最後は二次会場として開放された文化祭担当の A先輩 宅(!) へと突入していったのでし
た^^
(皆さんお疲れ様でした!そして読者の皆さんも。。)
山に唄えば
秋のイベント総決算となった週末。
今回はその前編となる14日(土)の「諸塚駄賃つけ唄全国大会」の御紹介です。
駄賃つけ唄は諸塚村に伝わる民謡なんです。
はじめてこの「駄賃つけ唄」なるものを聞いた時、「お小遣い(お駄賃)がもらえる唄!?」と思い、
「そんな唄があるなら、いくら歌唱力のない自分でも喜んで!」と勘違いも甚だしく息巻いたものです
が、そんな都合のいい唄というわけではないようです^^;
そのルーツを紐解くと、熊本県の馬見原と本県の延岡市との交流が盛んであった時代に、村の産物
や生活必需品を馬で運んでいた唯一の運送屋「馬方」のことを「駄賃つけ」と呼んでいたようで、馬
の背に荷物を積んで山々の小道を往復するうちに自然と口ずさまれたものであろうと云われていま
す。
↑ 馬方=駄賃つけのイメージ
今でこそ、延岡と馬見原は国道218号で結ばれていますが、当時の諸塚村は馬見原と延岡の中間
に位置し、北郷の中小屋を中継所として駄賃つけ道ができたそうです。
この駄賃つけは、諸塚村の衣食生活を支える重要な役割を担っており、昭和の初め頃まで通ってい
たようですよ。
さて、今回はその駄賃つけ唄の「全国大会」ということで、のど自慢大会にも匹敵する駄賃つけ唄の
強者達が集いましたよ!
全国大会と言っても、駄賃つけ唄自体が延岡~馬見原間を中心にできたものなので、県内からの参
加者がほとんどでしたが、駄賃つけ唄のルートにふさわしく熊本県から出場された方もいらっしゃいま
した~。
予選では143名の方が熱唱。
当日は、駐車場係や誘導係のお手伝いのため、何人かしか聴くことができなかったのですが、
同じ歌詞やメロディであっても唄う人によって尺八の寸が違うこともありすごく個性的なんですよね。
出場者が3番までの歌詞の中から一つを選択するのですが、ほとんどの方が予選で1番を唄ったの
で、出だしの「おどまぁ~♪」のフレーズが頭から離れなくなってしまい、週末の間ずっとリフレインし
てました・・・。
個人的に好きなのは3番の歌詞(↓)でしょうか。
「肥後に行こうか 延岡に越そうか どちらを向いても山ばかり」
・・・・おっしゃるとおりでございます! (たまに一山越えて熊本にでも行こうかなという気分になります
よ^^)
この駄賃つけ道を活かして、今でも諸塚が延岡市と熊本市の中継地だったらいいのにって感じです。
立ち寄られた方に覚えたての駄賃つけ唄を披露することができますしね^^
それにしても、こういった地域に伝わる民謡の大会が、県や九州を飛び越えていきなり「全国大会」に
なっているのがとてもユニークに感じましたね。
↑ いつもはスペースに余裕のある中央公民館駐車場も、このとおり満車でしたよ。入りきれない車
はさらに河川敷までの御案内でしたm(_ _)m
駐車場係のやりがいがあるってもんですよ。
来年は出場してみようかな・・・・・。
自分だったら、オムライスのようにぷるぷる震えた声になって大変だと思いますけど^^
しいたけ物語 第1回「なば」
そもさん!
「なば」って何のことでしょう~。
せっぱ!
「しいたけ」を指し、諸塚村をはじめ椎茸栽培の盛んな地域を中心に日常的に使われている言葉で
す。ぎゃば(GABA)にあらずですよ。
↑ なば(しいたけ)
このブログが始まって3ヶ月。
諸塚村が誇る「なば=しいたけ」を(勝手に)待望のシリーズ化です!
そもそも「しいたけ」は、諸塚村において高い生産量を上げている特産品の一つで、そのメジャーぶり
からもっと早く取り上げて然るべき題材なのですが、「しいたけ」そのものをテーマにすると非常に奥
が深く、中途半端な知識ではいけないと思って少しずつスタディしているんです。
それに・・・ただでさえ長いブログが長編スペクタクルになってしまう危険性が大なのです!
(今回もトリプルテーマで一気に書き上げようと試みましたが、減点覚悟で直前回避しました^^;)
そこで、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」みたいにシリーズ化し、少しずつ御紹介させていただくことにし
ました~。言うほど大層な内容ではありませんが・・・m(_ _)m
さてさて・・・・・・。。
すっかり長い前置きになってしまいましたが、前述のとおり諸塚村では日常の会話の中で「しいた
け」という単語よりも「なば」という単語を聞くことの方が圧倒的に多いんです。
しいたけ原木を「なば木」と言ったり、「なば料理」、「なばの香り」等いろいろ耳にします。
「しいたけ」と普通に聞くのは「生しいたけ」や「乾しいたけ」ぐらいでしょうか(「生なば」とは言わない
ですね・・)。
ここで、この「なば」の歴史について少々。
しいたけは元々自然発生するものですが、 ある文献によれば、江戸時代頃から食用に供するための
椎茸栽培が始まり、種駒の普及によって明治時代頃から人工栽培が確立していったようです。
諸塚村でも同様で、300年ほど前(やはり江戸時代ですね)から栽培が行われ、明治以降から盛ん
になって現在に至っているようですよ。
一般的には、クヌギやナラなどの広葉樹に菌を植え込むことでしいたけを発生させるのですが、こうい
った方法を考え出した先人達の知恵には頭が下がりますよね(栽培方法については別シリーズ
で!)。
しいたけの他にも「えのきだけ」や「しめじ」など様々なきのこ類がありますが、きのこの代表「しいた
け」もまた様々な料理や商品のバリエーションがあり、元気のミナモトがぎっしり詰まっているような
気がしますね^^
↑諸塚村の「なば」は肉厚で、バター焼きにすると最高で~す!
かの有名なゲームソフトの主人公「マリオ」も、きのこを食べて大きくなったりしていましたが、きのこを
食べてパワーアップするという作者のアイデアは素晴らしく、将来のきのこ(しいたけ)ブーム到来を
見据えた先見の明といったところでしょうか^^
それでは、今宵はここまでに致しとうございまする。
一休み一休み~^^(次回のしいたけシリーズをお楽しみに!)
火消しの「も組」
星2ついただきましたっ! ☆☆
星は星でも、「階級章」(↑)の星ですよ(厳密に言えば星じゃないのかな・・・)。
今年4月。
諸塚村赴任と同時に消防団に入団したんです!
諸塚村における消防事務は、消防署の設置や委託等を行わずに全て地元消防団で対応する「非常
備」といわれる形態です(県内では4町3村が該当)。
つまりは、村内で火事が発生した場合は自分達で消火活動を行ったりするんですね。
村内には本部から第7部までの団があり、役場職員は本部の団員となります。
以前は今より団の数も多かったようですが、統合等が行われた団もあり、消防団員の数も減少傾向
にあるようですね。
さて、先日の日曜日に、村内全ての消防団による「ポンプ一斉点検」と「臨時点検」が実施されまし
た~。
↑当日は小学校の運動場に集合し、各団毎に「まわれ右!」や「7歩前へ進め!」などの規律動作
や、行進等の「訓練」が行われたんです(写真左が本部)。
この訓練では、単なる動作だけではなく、服装のチェックから手先の位置、姿勢等まで指導していた
だきました。身が引き締まりますよ(>_<)
私も、本格的な訓練は10月の「初任科訓練」に続き2回目となったのですが、日頃の運動不足、猫
背、そして持ち前の挙動不審ぶり(!?)が相まって、端から見るといかにも「新人」らしい動作をして
いるようです・・・・・。
まるで"ドジでのろまなカメ状態"で、「教官!」って叫びそうになります^^;(古っ!)
一連の動作の中で最も苦手とするのは、行進しながらまわれ右を行う「まわれ右前へ進め!」。
フィギュアスケートに例えれば、イナバウアーの体勢からダブルアクセルジャンプを跳ぶくらい私にと
っては複雑な動作なんですよね~。
失敗すると他の隊員さん達との動きがずれるのでかなり焦りますよ・・・。ずれると当然ジャッジの目
も厳しくなりますね。
↑最後の「分列行進」の様子です。
今回の練習は、来年1月の「消防出初め式」を見据えた練習にもなっていますが、出初め式は私の
新入団員としての実質デビューになるんですよね。10代や20代前半の新人とともに、8名で任命式
に出ますよ!
ここ2回の訓練で調子は上向き(!?)ですので、ピークを出初め式に持って行けるよう頑張ってヤミ
練したいと思います^^
ところで・・・・・・
消防団にとって大事なことは、やはり本来の目的である人命・財産等を火災等から守ることなんです
よね。
幸いにして未だ出動の機会がないので、正直ピンとこない部分もあるのですが、現場における本部
長の命令は絶対らしく、人の命がかかっているからこそ日常の訓練も真剣だという考え方を教わるこ
とがあります。
そう言えば、ずっと昔に私の恩師にあたる方から「考え方」が身につけば「行動」は自ずと伴ってくると
聞いたことがあります。
訓練等でも「行動」の前に、「なぜ消防が必要なのか?」という根本的な考え方を初めの段階でしっ
かり身につけなければ、行動が伴いにくくて大変なのかなぁと感じることもあります。
その考え方を身につけるためか、諸塚村ではこのような「臨時点検」が実施されるなど、日頃から消
防に触れる機会が多い気がしますね。
できることなら、火事ばかりは経験しないにこしたことはないと思いますが、訓練等での活動経験を
通して何某かのものが得られればいいかなと考えています。
それにしても、諸塚小学校のグラウンドは私にとって本当に思い出深い場所になりそうです・・^^
モミジ
もみじ舞い散る中に忘れた記憶と~♪
諸塚村の山々は紅葉のピークを迎えていますよ!
あんまり眺めすぎると顔にもみじ型の日焼けができそうなくらいにきれいです^^
先輩曰く「今年の紅葉は赤色が特にきれい」とのこと。
村内どこに行っても広葉樹の信号が見られるので、今年は「一人で旅する山村もみじプラン(T_T)」を
発動せずにすみました~。 (※「さんそん」と読んでください。)
ヒュルリーラ ヒュルリーラ♪
・・・・そんな秋深まる中、立岩地区桂の「霜月祭り」に行ってきました。
この祭は例年11月15日に実施されるそうですが、今年は村民文化祭と重なったこともあり、早めの
実施となったそうです。
桂地区に行ったのは10月の十五夜祭り以来でした。
会場となったのは桂神社↓
↑境内までの長~い階段は、もみじ等のトンネルになっていて、少々首が痛くても上を向いて歩こ
う!って感じの素晴らしい景色でした。写真で伝えきれないのが残念ですが・・。
↑到着した時には、地区の方による「桂神楽」が舞われていました!
諸塚村内でも各地で神楽が舞われるらしく、桂神楽の他に「戸下神楽」、「南川神楽」、「恵後の崎神
楽」等が毎年1~2月頃に行われるようです(村の無形文化財に指定)。
それにしても、神楽と言えば高千穂で、そして夜に・・というイメージがあったのですが、イベント等の
セレモニー以外で真昼に舞われる神楽は珍しく感じました。
「諸塚村史」によれば、「桂神楽」は戸下や南川の流派とは異なる系統のようです。同じ神楽でも、全
然舞の作法等が違うようですね。
私も、諸塚に来て何人かの神楽の舞い手の方とお話をしましたが、みなさん神楽に対するこだわりや
誇りを持っていることを強く感じました。半端は許されない感じがびんびん伝わってきます。
私も、GP(ごっとりプリン体)シリーズ第2戦(戸下神楽:1月末)又は第3戦(南川神楽:2月上旬)に
挑戦する方向で調整しています。
高い表現力と強い精神力の会得を目指しつつ、バンクーバーオリンピックより一足お先に燃え上がり
ますよ~。
メラ!
そして、何よりも中途半端な気持ちでやらないように気をつけたいと思います。
あとは、気合いだぁ~!って感じでしょうか^^
↑黒岳(1,455メートル)登山口からの眺め:1週間前には紅葉の見頃を迎えていました。
そもそも諸塚
諸塚に住んでいる私にとってはすっかり馴染みの地名が増えつつありますが、いろんな地区の活動
を御紹介した時に「そもそも諸塚村のどの辺の話!?」って思いませんか?
「私としたことがっ・・・・・」って感じです ^^
そこで、今回はこんなものを御用意しちゃいました!
諸塚村全図です!
行ってみたいと思いませんか?うふふっ~♪って感じで作業しましたので、「それが何か?(-_-)」って
リアクションはご勘弁を。。
私も仕事上、よくこの地図で地区の名称や位置等を確認しますが、東京の地下鉄ガイドブック級に重
宝しているんですよね。
同じ諸塚村内でも、日向側の村堺(地図右下)から五ヶ瀬方面の堺にある地区(地図左上)までは5
0分以上はかかるんですよ。
今後も各地域を御紹介する際には、この地図を見て「あんなこと、こんなこと、あったんだ~」って
感じで見ていただければと思います。
さて、ずいぶん前のブログで御紹介しましたが、諸塚村では上記地図上で区画されている16公民館
(=地区)が「いきいき集落」に認定されているんです。
16地区それぞれに特色があり、各地区の住民の方が協力し合って集落活動を行っていることはこれ
までも御紹介してきているとおりですが、「そもそも集落とは?」という場合にいろんな区分・捉え方が
あることを感じている今日この頃です。
実際に、16地区は「自治公民館活動」の区分であり、各地区にはさらにいくつかの世帯が集まって
「実行組合」という組織が形成されているんです(実行組合数:84)。
ほとんどの実行組合が数世帯から形成されているので、こちらを「集落」と見る場合もあります。
「みちきり」や道路清掃も実行組合単位で実施されていることが多いようですね。
行政施策等を村民の方に周知する場合も、まず公民館(館長会)に説明し、館長→各実行組合長→
住民という流れで徹底した情報伝達ルートが確立されているんですよ。
公民館単位と実行組合単位では各種活動の状況の見方も違ってきますが、人手が少ない実行組合
(又は集落)であっても、諸塚では他の実行組合や公民館(地区)全体でカバーしていたりするんです
よね。
まさに「Rord to いきいき集落」!!
アウェー視察
諸塚村内の秋祭りも後半戦真っ只中です。
諸塚村内のほぼ全公民館(=地区)に神社があり、それらの神社でその年の収穫を感謝する神事
を執り行うことが秋祭りの主目的です(飲食や劇ばかりではないんです^^)。
そんな中、2日に家代(えしろ)地区、3日に川の口地区の秋祭りが行われました。
この2地区でも青年団による地芝居や劇があるので、我が南川地区新喜劇の強力なライバルである
このアウェー2地区に潜入してきましたよ!
まずは家代地区。
この地区の秋祭りは、平日であっても毎年必ず11月2日に行われるんです。
本格的な冬の到来を感じさせる寒い日でしたが、会場では熱い熱い芝居を見せつけられちゃいまし
た。
家代青年団に事前に察知されていた私は、なんと劇直前にビデオ撮影を頼まれる始末。。
潜入に失敗した上、敵に塩を送る羽目に・・。
その代わりに特等席で観覧させていただきました~。(実際は青年団同士はすごく仲がいいんです
よ!)
それにしても、家代地区青年の演技力といったら脱帽のブラボー!!でした^^
今回の「源七捕物帖」の主役・田邉君(↑右)をはじめ、子分役に至るまでナイス演技!
「おとっつぁん」ことK村君(↑写真右)が死んでしまうシーンでは不覚にもちょい泣きモード。
お絹役のM子さん(写真左・青年会長)がかわいそうで、役とは言え犯人のお駒役が本当に悪人に
見えてしまいましたね^^;
↑ 私が脚本家だったら全員登用させていただきたいぐらいの熱演でしたよ!
(何様でしょうか・・・・。)
続いては川の口地区。
川の口地区は地元青年が5人しかいないのですが、こちらも少なさを感じさせない充実の演芸でした
よ。
開幕は当地区に伝わる伝統「さんばそう」(↑)から。
元々は能・狂言を歌舞伎に取り入れた儀式舞踏のようですが、初めて見る不思議な踊りでした。
劇(↓)も、我々南川地区や家代地区とはまた一味違ったオリジナルで楽しませてもらいました。
そして・・・・・。
個人的に川の口地区で一番お気に入りだったのは、某3人ユニットによるダンス余興でしたが、これ
また門外不出の芸という感じでしたので写真は割愛させていただきます。
「チョコレイトディスコ!」というフレーズが今日になっても頭から離れず困ってます^^;
とにもかくにも、青年による演芸は地域の活力になっていると思います。
今回行った2地区の秋祭りにも、やはり村外から帰ってきた人や他地区の方がたくさん来られていま
した。
諸塚で育った方やかつて暮らした方にとって「秋祭り」は特別なもののように感じますね。
山のスゥイーツ
10月31日(土)~11月1日(日)はエコツアー「諸塚でやま学校しよう!」(第93回)でした。
今回は、「山寺のお説法」・「山のスィーツ作り」・「黒岳登山ともみじ祭」といったラインナップで、約2
0名の方が参加されました。
福岡県や長崎県など、県外からお越しの方もいらっしゃいましたよ。
今ツアーの舞台は村内七ツ山地区。
↑どこか懐かしい感じがするのどかな山村集落です。
↑このあたりは、西南の役(1877年)の際に西郷さんが鹿児島へ突破するルートにもなったようで
す。
まずは、平等山浄覚寺(じょうかくじ)にて住職の方の法話を聞きました。
「(10代続く家の場合)今の自分が生まれてくるには1024人の御先祖様がいないと存在しない、だ
から命や人との縁を大事に。」という話が強く印象に残りましたね。
ありがたいお話の後は、 山の幸でスィーツ作りに挑戦です。
今回の題材は「くりおはぎ」(↑)
(↑地元七ツ山婦人加工グループの方に御協力をいただきながら全員で作りました~^^)
途中でこそっとつまみ食いしましたが、まさに「美味でございまする~!」(ドラマ「大奥」より引用)
って感じでしたね^^
この栗餡にはあるモノが隠し味で入っているんですが、かなり味がマッチしていてとてもおいしいんで
すよ。(あるモノは将来の商品化!?を踏まえ企業秘密ですが食べたらすぐにわかります。)
スィーツ作りの後は、みんなで柿の収穫へ。
↑昔ながらの竹道具を使って柿をどんどん落としていきました。
ぼ~っと上を見ていたら直撃弾が落ちてきますので危険です^^;
皆さんが真剣だったので、なんだか竹やり訓練を撮っているような感じでした。
そういえば、「柿」を扱ったスィーツ(ケーキとか)ってあまり聞かないような気がしますね。
私だけでしょうか・・・。
何はともあれ、山の味覚を存分に堪能したツアーでした^^
ところで、今回のツアーは早い段階で定員に達しそうな状況でしたので、このブログでの告知はしま
せんでしたが、次回以降も豊富なメニューを揃えておりますので是非御参加ください!
